佐賀大学整形外科・股関節班の上野雅也です 。 今回は、2025年1月より当班で本格的に導入した、「人工股関節置換術(THA)におけるドレーン非使用」への挑戦についてご紹介します 。
「当たり前」をデータで検証する
これまでTHAでは、術後の血腫(血の塊)や感染を防ぐために、傷口に細い管(ドレーン)を留置するのが「当たり前」のルーチンでした 。しかし、近年の低侵襲手術の普及や、当院でも長年研究してきたトラネキサム酸(TXA)による止血技術の向上により、「本当にドレーンは必要なのか?」という疑問が世界的に議論されています 。
私たちは、2024年9月から2025年4月までの初回セメントレスTHA連続170例を対象に、ドレーンの有無による安全性と出血量への影響を徹底的に比較検討しました 。
判明した事実:ドレーン排液は「外に見えるだけ」の血
検証の結果、驚くべきことに以下の項目において、ドレーンの有無による有意な差は認められませんでした 。
- 推定出血量およびHb(ヘモグロビン)低下量
- 輸血率、感染、創傷治癒遅延などの合併症発生率
- 在院日数
特に興味深い発見は、「ドレーンに溜まった血液量」と「体内で実際に失われた総出血量」には相関がないということです 。ドレーンに血が溜まると術者は安心(あるいは不安に)なりがちですが、それはあくまで「外に見える血」を回収しているだけで、体内の貧血の進行を抑えているわけではないことが改めて確認されました 。
患者さん・医療スタッフ双方へのメリット
ドレーンを「卒業」したことで、現場にはポジティブな変化が生まれています。
- 患者さんの負担軽減: 体から繋がる管が1本なくなるだけで、術後翌朝からの歩行開始が驚くほどスムーズになります 。また、管による痛みや違和感、皮膚の針穴も減少します 。
- 管理の簡便化: ドレーン孔からの滲出液がなくなるため、ガーゼ交換(包交)の回数が激減し、感染リスクの低減も期待できます 。
佐賀大学股関節班のアイデンティティ
思えば当班では、2010年代からトラネキサム酸の投与経路(静注 vs 局所)についての研究を行うなど、一貫して「安全かつ効率的な出血管理」を追求してきました 。今回のドレーン非使用への移行も、こうした過去のエビデンスの積み重ねがあったからこそ自信を持って踏み出せた一歩です 。
もちろん、ドレーンがない分、術後1日目・4日目・7日目の採血や、皮下出血の状態をこれまで以上に丁寧に観察する「臨床の目」が重要になります 。私たちは最新の知見と、目の前の患者さんの変化、その両方を大切にしながら、より快適で安全な股関節治療を目指しています。 伝統を守りつつも、変えるべきは変える。そんな股関節班で、皆さんも一緒に切磋琢磨しませんか?

長年使用してきた術後ドレーン






