[リレーブログ]
2025.06.25
佐賀大学医学部附属病院
野中俊宏
前十字靱帯断裂〜スポーツ復帰までの道のり〜
膝のけがの中でも、特にスポーツ愛好家やアスリートにとって大きな障害となるのが「前十字靱帯(ACL)」の断裂です。突然の痛み、膝の不安定感、長期にわたるリハビリ……。本コラムでは、ACL損傷の疫学から、競技復帰までの道のりを解説します。
ACL断裂とは?
前十字靱帯は、膝関節の中央にある主要な靱帯の一つで、大腿骨と脛骨をつなぎ、膝の前後の安定性を保っています。ACLが断裂すると、膝が「ガクッ」と崩れるような感覚(giving way)を感じることが多く、ジャンプの着地や急な方向転換の際に発生することが多いです。
疫学:どんな人がなりやすい?
ACL損傷は特にスポーツ活動中に多く発生します。
日本国内の研究や海外データに基づくと、以下のような特徴があります:
- 若年層(10代後半〜30代前半)に多い
- 女性は男性よりもリスクが高い(特にバレーボールやバスケットボール選手)
- 非接触型損傷が約70%(着地や切り返し動作での発生)
- 高頻度スポーツ:サッカー、バスケットボール、バレーボール、ラグビー、スキー
治療とリハビリ
ACLが自然に治癒することはほとんどないため、多くの場合で再建手術が必要です。手術では、患者自身の腱(例:膝蓋腱、ハムストリング腱、大腿四頭筋腱)などを使って新しい靱帯を作ります。
主な再建術:
- ハムストリング腱(STG)を用いた解剖学的二重束再建術
→ 日本国内で最も多く行われており、関節鏡下に内側半腱様筋腱を用いてAM束とPL束の二重束を再建する手技。 - 膝蓋腱骨付き腱(BTB)を用いた再建術
→ 骨癒合が早く、初期固定性が強い。一方、術後の膝蓋腱周囲痛や膝蓋下脂肪体の癒着が懸念される。 - Quadriceps tendon(大腿四頭筋腱)を用いた再建術
→ 腱の太さや採取しやすさから欧米で注目。BTBよりも組織を採取した部位の合併症が少ない。
その後、競技復帰に向けて約6〜12ヶ月の段階的なリハビリテーションを行います。ポイントは以下の通り:
- 術後早期は可動域回復と腫脹管理
- 次に筋力強化とバランス訓練
- 最終的にはスポーツ特異的動作の再獲得(ジャンプ・方向転換など)
スポーツ復帰:いつ?どうやって?
「手術から6ヶ月で復帰OK!」と考えるのは危険です。近年は「“時間”より“機能”に基づく復帰判断」が主流になっています。
以下のような評価を通過することが望まれます:
- 片脚ジャンプテストなどで左右差10%未満
- 筋力テストで健側の90%以上の出力
- 不安感がない(心理的回復も重要)
さらに、再断裂リスクは術後2年以内が最も高いため、競技復帰後も継続的な予防トレーニングが推奨されます。
予防も可能
ACL損傷は完全には防げませんが、傷害予防プログラム(ジャンプ着地訓練、バランス練習など)で発生率を大きく減らせることが証明されています。特に10代〜20代の女性選手では効果が高く、学校や部活動での導入も進んでいます。近年、国際サッカー連盟(FIFA)の医療評価研究センター(The FIFA Medical Assessment Research Center ; FMARC)はサッカーに特化した外傷・障害予防プログラム「FIFA 11+」を推奨しています。「FIFA 11+」が 運動学的観点からACL 損傷に対する予防へ向けた一助となることが期待されています。(JFAホームページに日本語版が掲載されています。)
https://www.jfa.jp/medical/11plus.html
まとめ
前十字靱帯断裂は、一度のけがが長期的なスポーツライフに影響を与える重大な損傷です。しかし、適切な治療とリハビリを通じて、多くの選手が元のレベルに復帰できています。重要なのは、あせらず、段階的に、そして予防を意識した復帰を目指すことです。