[リレーブログ]
2025.08.17
佐賀大学医学部附属病院
平田寛人
【インド留学記 完結編】ムンバイの別れからコインバトール、そして帰国まで
ムンバイでの3週間が、あっという間に過ぎていきました。
最終日、Bombay Hospitalの外来を終えると、Kulkarni先生が笑顔でCertificationを手渡してくれました。
「また必ず戻ってきてください」
その言葉に、周囲のスタッフも「Good luck, Dr. Hirata!」と口々に声をかけてくれます。
最初は勝手も分からず緊張していたこの場所が、いつの間にか自分にとって居心地のいい場所になっていました。
一緒の部屋に住んでいたルームメイトや職場の同僚たちと何度も何度もまた会おうねと挨拶し、笑顔と握手の中で、胸の奥がじんと熱くなります。
コインバトール到着、まずは散髪から
ムンバイで3週間過ごした後は1週間別の病院で研鑽を積むことになっていました。そこで飛行機で南インドの都市・コインバトールへ。
到着後、まず向かったのは…理髪店でした。
1か月伸び放題の髪を整えようと入った小さな店内は、扇風機がゆっくりと回り、外のクラクションが遠くに聞こえます。
鋏とバリカンのリズムが妙に心地よく、最後には頭と肩のマッサージまで付いてくるサービス。すきバサミなどはいっさい使用しません。
お会計が不明瞭でドキドキしていましたが100ルピー(180円)でとても安心しました。180円でこれなら満足です。
Ganga Hospitalで目にした“フル稼働”
散髪でさっぱりした頭で向かったのは、インド整形外科の名門Ganga Hospital。
建物に入った瞬間、廊下の奥から次々と患者が運ばれてきます。
朝から晩まで絶え間なく手術が行われ、外来もまるで市場のような賑わい。
驚くのはそのスピード感と効率性、そしてそれでも一例一例を丁寧にこなす技術の高さです。朝一番の手術搬入時間は5時40分、患者入れ替えの時間は10分未満だそうです。みんながいい手術をするために自分の仕事を遂行しており、無駄が一つもないと感じさせられました。
そこで出会ったのが、インド脊椎外科界のレジェンドRaja先生。
穏やかな口調で症例や手術の工夫を語り、さらに若手医師の教育やインド医療の変遷まで話してくれました。チームを作ることが大切だと教えてくださいました。
短い時間でも、その存在感は圧倒的で、胸に刻まれる言葉ばかりでした。
旅の締めくくり、北インドへ
1週間弱のガンガ病院での研修を終えると、次は観光モードへ。
ニューデリーでは旧市街のバザールを歩き、色鮮やかな布や香辛料の香りに包まれながらチャイを一杯。
熱気と喧騒の中で、この国の多様さと生命力を改めて感じます。
そしてアグラへ移動し、ついに世界遺産タージ・マハルへ。
夕陽に染まる白大理石が、オレンジから金色へと変化していく光景は、息をのむほどの美しさでした。
「インドに来てよかった」――心からそう思える瞬間でした。
帰国、そして娘の手紙
1か月の旅を終えて日本へ。
家のドアを開けると、娘が「おかえり」と書いた手紙を差し出してくれました。
インドでの毎日は刺激に満ち、時には想定外のこともありましたが、そのすべてが自分を一回り大きくしてくれた気がします。
そして何より、家族の存在の大きさを再確認した瞬間でもありました。
留学で得た学びと、これからの自分
インドで過ごした1か月は、毎日が新しい発見と挑戦の連続でした。
限られた資源の中で最大限の成果を出す工夫、スピードと丁寧さを両立させる手術運営、そして何よりも患者や仲間に対して常に温かいまなざしを向ける姿勢。どの瞬間も、医師としての在り方を問い直すきっかけになりました。
特に心に残ったのは、「環境が違っても本質は同じ」ということ。
病院の設備や制度が異なっても、患者を治したいという思いと、仲間を信頼し合う空気は万国共通です。そのシンプルな原点に立ち返ることで、迷ったときに進むべき方向が見えてくると感じました。
また、自分で勝手に設けていた“天井”を一つ取り払うことができました。
昨今の働き方改革によって、「仕事=お金」という構図がより鮮明になり、時に“働くこと”そのものが悪いことのように感じられる風潮があります。結果として、私は「タダ働き」に敏感になっていることに気づきました。しかし医療の現場では、仕事と自己研鑽の境界は極めて曖昧です。その境目を厳密に線引きしてしまえば、今の医療体制はたちまち崩れかねません。インドで出会った医師たちは、純粋に患者さんのために、あるいは自身の技術を磨くために、時には名声を求めて。それぞれの目的を胸に、ひたむきに医療に向き合っていました。その姿からをみて私の中でひとつの天井が外れたように感じました。これを「限界突破しました」と表現しています。
あの熱気と情熱を忘れずにいること。
忙しい日常に流されてしまいそうなときも、インドで感じたエネルギーを思い出し、自分自身を奮い立たせたい。
インドで過ごした1か月は、医師としても、人としても、一生忘れられない時間でした。
あの地で得たすべてが、これからの自分を形作る大切な礎になると確信しています。
皆様もぜひインドへ留学をご検討ください。最高の仲間との出会いが待っていることだと思います。