[リレーブログ]
2025.06.13
佐賀大学医学部附属病院
平田寛人
【インド留学記③】ムンバイ生活が始まった日 〜暑さ、衝撃、そして少しの覚悟〜
🛬ムンバイ到着。最初の試練は「住まい」だった
インド・ムンバイに到着したその日、私はさっそく現地での洗礼を受けることになりました。空港で出迎えてくれたのは、ホスト医師であるKulkarni先生のスタッフ・Mahadikさん。彼の手配で、これから滞在するアパートメントへと向かいました。
途中の道では、バイク・バス・リキシャが入り乱れたカオスな交通と事故現場にも遭遇。インドのエネルギーを全身で感じながら、目的の住居に到着。
扉を開けると、すでに他のフェローが生活している痕跡が。
2LDKに3人での共同生活とのことで、どの部屋を誰が使うかは相談して決めてくれと言われました。
部屋の印象はというと――正直、カルチャーショックの塊でした。
エアコンがない、Wi-Fiがない、電源の入らない冷蔵庫、使い方がわからない天井ファン、持参した変換プラグが合わない、洗濯物の山、洗われていない食器……。気温は38度。
「絶望とはこういうことか」と思わず感じてしまいました。ホテルへの転居も考えてBooking.comでホテルを探し始めました。
🌀それでも人の温かさに救われる
そんな中、現地レジデントのGopi先生がWhatsAppで連絡をくれました。
「何か食べた? 今から送るよ」と言って、インド版Uber EatsであるZomatoというアプリで、Subwayのハンバーガー、ポテト、コーラのセットを手配してくれました。
その味は――ハラペーニョ&チリソースが、インドの暑さにさらに追い打ちをかける刺激的な一品でした。
夕方には新品の洗濯機と電子レンジが配達され、Kulkarni先生が私の滞在に向けて準備してくださっていた歓迎の気持ちが、ひしひしと伝わってきました。
「ここまでやってくださって、この住居に泊まらないわけにはいかない。私の大和魂が廃る!」
そう思い直し、ここに滞在することを決意しました。
文化の違いで最初は「劣悪」と感じてしまっていた環境も、少しずつ「生活の場」として心に馴染んでいきました。
🌃初夜のムンバイ:バイクの二人乗りと夜の遊園地
夜、帰宅したGopi先生と部屋の使い方について相談。
「どの部屋でも好きな方を使っていいよ。君が良いなら、俺が別の部屋に移るよ」と、なんともありがたい提案をしてくれました。
その後、「ちょっと外に行こう」と誘われ、彼のバイクの後ろにまたがって夜のムンバイの街へ。
バーのような場所では、ちょうどクリケット・プレミアリーグが開催中で、熱気あふれる店内でビールを片手に観戦。
驚きと優しさと熱気に包まれたムンバイ初日は、こうして幕を下ろしました。
🏥インドでの初出勤
朝食から始まる、エネルギッシュな整形外科研修
翌朝、いよいよインドでの初勤務日。私は5時に起床し、準備万端で同居人たちの出発を待っていました。勤務は7時半開始の予定でしたが、ルームメイトたちは7時少し前に起床。焦る様子はなく、シャワーを浴びてのんびりと身支度。
7時過ぎ、ルームメイトのMahalingam先生が運転するバイクにまたがり出発。ところが――
途中で突然の寄り道。「朝飯食おうぜ」と屋台へ。
屋台で注文を迷っていると、彼の携帯に電話が。
何やらヒンディー語でやり取りしたのち、
「Yes, yes, I’m on my way.」
そう言って、急いで踵を返し再出発。
おそらく、病院からのお叱りの電話だったのでしょう。
🩺Dr. Kulkarniとの出会いと現地の医療風景
初日の配属先はBreach Candy Hospital。
手術着に着替えてDr. Kulkarniと初対面。物腰柔らかく、笑顔も印象的な先生でした。
ただし、看護師やレジデントには厳しく指導される一面もあり、教育者としての真剣さが伝わってきました。
また、外来ではとても多忙な中、患者一人一人の話を決して遮らず、最後までしっかり耳を傾ける姿勢がとても印象的でした。
🍚インド流の「食育」
帰宅後は、ビリヤニとピザをみんなでシェアしながらクリケット観戦。
ここでGopi先生から、「インド式の手食」の極意を伝授されました。
「4本の指でご飯をすくって、親指で押し出すように口に入れるんだ。」
やってみると、これが意外と食べやすい。
“文化を体験する”とは、こういう瞬間なんだなと、しみじみ感じました。
🔜次回予告
次回は、着任翌日の週末に訪れた
ムンバイのスラム街散策、エレファンタ石窟、ガンジー博物館見学の様子をお届けします。
現地の子どもたちに「ジャパニーズ!?」と大人気、記念撮影大会となったエピソードなども含め、インドの人々の温かさとエネルギーをご紹介します。
どうぞお楽しみに!