じっとしておれない- 拘束は拷問?-
先日6メートルの高所から転落して、腰の骨2個と肋骨三本を骨折、さらに右の肺に出血した二十歳の男性が入院されました。下半身麻痺が心配されましたが、幸い神経の圧迫が少なく、事なきを得ています。その彼が、じっとしておれません。あれほどの大怪我でも、ギプスを巻いたとたん、喫煙室に直行、さらに売店、電話と大忙しです。医者になって、一年目のことを思い出させずにはおれません。Kさんは股関節の病気ではなく、頚椎つまり首の患者さんでした。当時、首の手術は術後の安静が重要で、四週間完全に仰向けで首を動かせない状態でした。首の骨を削って腰からの骨を差し込んでいたので、この骨がずれると頚髄を圧迫して手足が麻痺してしまう危険性がありました。
Kさんは当時三十歳半ばの実直そうでやや神経質な方でした。術後数日は何とか安静にしていましたが、だんだん顔色が悪くなり、とうとう七日目には天井に向かって血を吐いたのです。ストレスによる胃潰瘍でした。
Kさんはそれでも姿勢を変えずにあお向けのまま、必死の形相でこらえていました。人間が身動きできずにじっとしていることがいかに大変かということを、初めて実感した瞬間でした。そもそも人間は、いや動物は動き回るよりじっとしているほうが疲れます。じっとしていることは大変な精神力と体力を必要とします。術後の安静は場合によっては拷問に等しいと考えることがあります。以前、皆様にお願いした術後のアンケートもつらかったのは術後動けないこと、腰が痛いこと、トイレにいけないことなどが大部分で、傷の痛みはあまり問題になっていません。
今年のテーマはQOL(生活の質)です。入院中、特に術後のQOLも大切と考えて、様々な取り組みを行っています。せっかく手術しても、どこへも出かけず、家でじっとしていては台無しです。暑い毎日ですが、転倒に気をつけて活動範囲を拡大してください。