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思い出に残る患者さん11

大腿骨頭壊死症は命に関わる病気ではない! -昭和の歌姫と酒の話-

 昭和27年生まれの私にとっては昭和が生んだ大歌手美空ひばりさんの歌にはあまり興味が無かった。最近各テレビ局がこぞって特集を組んでいて、酒を飲みながら聞く機会が何度かあった。自分が年をとったせいか、自然と聞き入っている自分に気がついた。
 「最近の歌は分からん。」と言っていた父と同じ自分がここにいる。子供たちが聞いているガンガン喧しい歌を理解するのは私にはもはや不可能だろう。一方、ひばりさんのしっとりした歌や軽妙なテンポの歌が懐かしくなっている。私はひばりさんの股関節のレントゲン写真を見たことがある。たまたま福岡で公演中のひばりさんが倒れ、入院先の院長先生が当時の九大整形外科の教授であった杉岡先生にご相談されたのであった。はっきりは覚えていないが、かなり進行した状態で自分の骨での手術(骨切り術)は困難な状況であった。人工関節置換術がふさわしいと思われたが、何しろ肝機能が悪く手術できる状態ではなかった。
 「股関節だより」のなかで紹介してきたように、大腿骨頭壊死症の原因はステロイドホルモンが3分の1、飲酒が3分の1、原因不明が3分の1である。日本酒なら1日3合以上、ビールなら大瓶2本を飲み続けると、飲酒歴のない人の10倍以上、大腿骨頭壊死症になり易いとされている。ひばりさんはご承知のとおり、酒豪であった。ひばりさんのおかげで大腿骨頭壊死症は当時日本中にその名を知られるようになったが、なぜか飲酒との関係は強調されなかった。数年後、ひばりさんが帰らぬ人となった時、人々は大腿骨頭壊死症が命に関わる病気と思うに至った。当時は「ひばりさんと同じ病気」の患者さんやご家族に安心するような説明をするのが大変であった。ひばりさんは酒がもとで肝臓を悪くしたのであって、大腿骨頭壊死症で亡くなったのではない。結果的には「悲しい酒」であったことに変わりは無いが……。
 愛飲家が皆大腿骨頭壊死症になる訳ではないし、この病気になったからと言って酒を止めれば治るわけでもなく、また再発もしないようである。日本で年間千人前後が飲酒によってこの病気になるとされている。酒飲みは五万どころか五千万人くらいはいるだろう。危険性が10倍といっても、宝くじで言えば10枚買えば1枚買った人より億万長者になる確率が10倍増えるだけである。当たるもんじゃない。だからと言って、深酒が身体に良くないのは言うまでもない!
 昭和50年に当時の厚生省によって、大腿骨頭壊死症研究班が組織され、これまで30年近く精力的に研究が行われてきた。この間、6名の偉い先生方が班長をお勤めになった。いずれも愛飲家の先生方であるが、誰一人この病気にはなっていない。
 重ねて言う。大体骨頭壊死症で命を落とすことは無いが、深酒は慎むべきである。『自戒を込めて。』