整形外科助手 園畑 素樹
盛夏の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。整形外科の園畑です。昨年お届けしました、「第17号股関節だより」には<手術後の「痛み」について>というタイトルで佐賀大学整形外科の医師、看護師の術後の疼痛に対する取り組みと成果についての小文を掲載させていただきました。いかがだったでしょうか。今回も、同じく痛みをテーマとしたものですが、少し一般的なお話をさせていただきます。股関節とは直接的に関係ない話が多いかもしれませんがご容赦ください。
1.痛みの歴史
当たり前のことですが、「痛み」は何千、何万年、もっとはるか昔の人間(動物)も感じていた感覚です。しかし、痛みのとらえ方は歴史と共に変わって
きています。紀元前の古代ギリシャ時代、“万学の祖”といわれたアリストテレス(図1)という有名な哲学者が「痛みは、感覚というよりむしろ快感の反対の情動である」と言っています。つまり、痛みは五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)の仲間ではなく、快・不快といった感情の一種だということです。この考えはかなり長く支持されていたようです。その後、17世紀にデカルト(図2)( 「我思うゆえに我あり」という言葉で有名な哲学者)が、痛みは手足から神経・脊髄を通って脳に伝わる感覚であるということを言いました。この考えを絵にしたものが図3です(正確には痛みでなく熱さです)。この絵は、痛みを研究している科学者にとっては象徴的な絵であり、世界各国で痛み研究のトレードマークとなっているようです。
2.痛みの種類
「痛み」という言葉に対して良い印象を持たれている方は少ないと思います。痛みは決して心地よいものではありませんので、当然だと思います。しかし、痛みの感覚は人間もふくめて動物にとって非常に重要な感覚であると言われています。
さて、痛みの研究の世界では痛みは大きく二つに分けられています。早い痛みと遅い痛みです。早い痛みは、指先に針が刺さったり、熱いアイロンに触った時のような痛みです。私たちは、指先に針がささった時、熱いアイロンに触った時、頭で考える前に手を引っ込めます。普段ゆっくりとした動きの人でもサッと引っ込めます。この、考えるより先に体を安全なところに避難させるのが早い痛みです。
つまり、早い痛みは周りの危険から身を守るためのとても大切な感覚なのです。もう一つの遅い痛みは、病気やケガの後遺症による痛みです。この遅い痛み
は、危険から身を守るための痛みではなく、体の傷んだ場所からの警告信号だと言われています。つまり、傷めた場所の安静を保つために傷めた部分が警告信号として痛みを発しているというわけです。例えば、捻挫をして足が痛いと、足をかばいます。つまり、傷めた場所を安静にすることになります。そして安静によって傷めた部分が治癒すると痛みが和らぎます。以上がおおまかな痛みの種類とその説明です。
3.不必要な痛み
そうすると、痛みは私たちにとって大切なものだから、ある程度は我慢しなければ、、、ということになります。しかし、現実的にはなかなかそうはいきません。特に、遅い痛みの中には、私たちにとって単なる苦痛にしかなっていない、<不必要な痛み>も多くあります。その筆頭が<癌性疼痛(癌による痛み)>です。末期癌で人生の終焉を迎える人が、なぜ痛みに苦しまなければならないのでしょうか。安静によって治る可能性はないのに。。。。です。また、股関節だよりを読まれている方の多くは、股関節の痛みと痛みに伴う日常生活の制限に苦しめられていた(いる)と思います。残念ながら、読者の多くの方が患っている<変形性股関節症>は、安静では完治がなかなか困難です。痛みは安静によって一時的に楽になりますが、徐々に大きくなってくる場合が多いようです。安静で一時的にでも痛みが和らぐのであれば警告信号としての意味はあるのかもしれませんが、患者さまの生活の質を考えると、<不必要な痛み>といえるかもしれません。
私たち整形外科は、運動器疾患による痛みと機能障害を取り除くことを専門としています。そのためには、疾患そのものだけではなく痛みに対する理解も深める必要があります。しかし、痛みは患者さんの声によってしか私たちは情報を得ることができません。今後、よりレベルの高い治療体系を確立するためにも、痛いときには遠慮なく「痛い!」 と言って、私たちに情報を提供してください。よろしくお願いします。
盛夏の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。整形外科の園畑です。昨年お届けしました、「第17号股関節だより」には<手術後の「痛み」について>というタイトルで佐賀大学整形外科の医師、看護師の術後の疼痛に対する取り組みと成果についての小文を掲載させていただきました。いかがだったでしょうか。今回も、同じく痛みをテーマとしたものですが、少し一般的なお話をさせていただきます。股関節とは直接的に関係ない話が多いかもしれませんがご容赦ください。
1.痛みの歴史
当たり前のことですが、「痛み」は何千、何万年、もっとはるか昔の人間(動物)も感じていた感覚です。しかし、痛みのとらえ方は歴史と共に変わって
きています。紀元前の古代ギリシャ時代、“万学の祖”といわれたアリストテレス(図1)という有名な哲学者が「痛みは、感覚というよりむしろ快感の反対の情動である」と言っています。つまり、痛みは五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)の仲間ではなく、快・不快といった感情の一種だということです。この考えはかなり長く支持されていたようです。その後、17世紀にデカルト(図2)( 「我思うゆえに我あり」という言葉で有名な哲学者)が、痛みは手足から神経・脊髄を通って脳に伝わる感覚であるということを言いました。この考えを絵にしたものが図3です(正確には痛みでなく熱さです)。この絵は、痛みを研究している科学者にとっては象徴的な絵であり、世界各国で痛み研究のトレードマークとなっているようです。
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図1アリストテレス(紀元前384-322) (ホメロスの胸像を眺めるアリストテレスレンブラント作、メトロポリタン美術館所蔵)本物は、カラーです。 |
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図2デカルト(1596-1650 ) (ルネ・デカルトの肖像ハルス作、ルーブ ル美術館所蔵)本物はカラーです。 |
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図3「人体の記述」(デカルト著)の中に書かれた図 |
2.痛みの種類
「痛み」という言葉に対して良い印象を持たれている方は少ないと思います。痛みは決して心地よいものではありませんので、当然だと思います。しかし、痛みの感覚は人間もふくめて動物にとって非常に重要な感覚であると言われています。
さて、痛みの研究の世界では痛みは大きく二つに分けられています。早い痛みと遅い痛みです。早い痛みは、指先に針が刺さったり、熱いアイロンに触った時のような痛みです。私たちは、指先に針がささった時、熱いアイロンに触った時、頭で考える前に手を引っ込めます。普段ゆっくりとした動きの人でもサッと引っ込めます。この、考えるより先に体を安全なところに避難させるのが早い痛みです。
つまり、早い痛みは周りの危険から身を守るためのとても大切な感覚なのです。もう一つの遅い痛みは、病気やケガの後遺症による痛みです。この遅い痛み
は、危険から身を守るための痛みではなく、体の傷んだ場所からの警告信号だと言われています。つまり、傷めた場所の安静を保つために傷めた部分が警告信号として痛みを発しているというわけです。例えば、捻挫をして足が痛いと、足をかばいます。つまり、傷めた場所を安静にすることになります。そして安静によって傷めた部分が治癒すると痛みが和らぎます。以上がおおまかな痛みの種類とその説明です。
3.不必要な痛み
そうすると、痛みは私たちにとって大切なものだから、ある程度は我慢しなければ、、、ということになります。しかし、現実的にはなかなかそうはいきません。特に、遅い痛みの中には、私たちにとって単なる苦痛にしかなっていない、<不必要な痛み>も多くあります。その筆頭が<癌性疼痛(癌による痛み)>です。末期癌で人生の終焉を迎える人が、なぜ痛みに苦しまなければならないのでしょうか。安静によって治る可能性はないのに。。。。です。また、股関節だよりを読まれている方の多くは、股関節の痛みと痛みに伴う日常生活の制限に苦しめられていた(いる)と思います。残念ながら、読者の多くの方が患っている<変形性股関節症>は、安静では完治がなかなか困難です。痛みは安静によって一時的に楽になりますが、徐々に大きくなってくる場合が多いようです。安静で一時的にでも痛みが和らぐのであれば警告信号としての意味はあるのかもしれませんが、患者さまの生活の質を考えると、<不必要な痛み>といえるかもしれません。
私たち整形外科は、運動器疾患による痛みと機能障害を取り除くことを専門としています。そのためには、疾患そのものだけではなく痛みに対する理解も深める必要があります。しかし、痛みは患者さんの声によってしか私たちは情報を得ることができません。今後、よりレベルの高い治療体系を確立するためにも、痛いときには遠慮なく「痛い!」 と言って、私たちに情報を提供してください。よろしくお願いします。