見学のお問合せ

2020.07.21

脊椎便り 第10号

  • ご挨拶(佐賀大学医学部整形外科 講師 森本 忠嗣)
  • 抗菌脊椎インプラント発売
  • ヘルニコア(椎間板内酵素)注入療法(助教 吉原 智仁)
  • 近況報告(助教 前田 和政)
  • 近況報告(助教 吉原 智仁)
  • 近況報告(大学院 戸田 雄)
  • 近況報告(大学院 平田 寛人)
  • 近況報告(佐賀記念病院 整形外科 塚本 正紹)
  • 近況報告(隈元 真志)

内容

ご挨拶

講師 森本 忠嗣

佐賀大学整形外科にて、脊椎(くびや背中や腰) や脊髄の病気の診断、治療を行いはじめ10年目を迎 えました。また、3月31日をもちまして医局長の担 当期間が修了しました。佐賀県の医療の充実、医局 員がやりがいをもって仕事をすること(幸せ)を目標に奮励努力してきましたが、目標到達には及びませんでした。道半ばではありますが、今後は脊椎外科の臨床・研究・教育に重きをおいて、みなさまのお力になれるように、愚直に精進してまいります。

さて、この4月は10年目という節目で医局長業務を終えたあとということも重なり強い意気込みで臨みましたが、コロナ禍で通常どおりの診療・研究・教育すらできない状況となりました。多くの患者さんに手術の延期をお願いし大変ご迷惑をおかけしたと思います。また、研修医や医学生にとっては教育の機会が失われています。後進の教育は最重要課題であり、今後も第2波、第3波が予想されるなか、知恵を絞る必要があります。ところで、整形外科がコロナに対してワクチンや抗ウイルス薬の開発や使用の面で貢献することはあまりないと思います。しかし、運動器の障害に対する予防と治療に関わる整形外科の仕事は、QOLを高めて少しでも多くの方が元気に活躍することに貢献し、多くの患者の免疫力を高め、コロナ感染予防に寄与できると夢想しています。令和2年4月、日本整形外科学会プロジェクト研究事業に応募していた「ロコモティブシンドロームとメタボリックシンドローム、認知症、ペリオスチンの相互関係についての探索的検討」と題する研究が採択されました。

要介護の主要疾患であるロコモ、メタボ、認知症には“老化”という共通のKeywordがあるので、共通のメカニズムがあると考えています。吉原先生が大学院で研究したペリオスチンというタンパク質に着目して、ペリオスチンのロコモ、メタボ、認知症の関与を明らかにしたいと目論んでいます。また、睡眠障害や運動療法や手術療法のロコモ、メタボ、認知症への影響を明らかにすることなどを目的に3年間の住民疫学研究をおこないます。健康寿命の延伸に寄与する知見を明らかにし、「健やかに老いる」ことに貢献して、コロナ禍に対して整形外科医として、“一隅を照らす”(最澄)所存です。第10号脊椎だよりでは、例年通り、脊椎班の先生が近況を報告してくれています。また、私が2020年4月より上市化された抗菌性の脊椎椎体間ケージの紹介、吉原先生が椎間板ヘルニアに対する新しい治療“ヘルニコア”の紹介を行います。ヘルニアに悩まれる患者さんの多くは“仕事などを抱えて手術を避けたい”というのが正直なところだと思います。ヘルニコア投与により手術が回避できた患者さんは多く、今後、椎間板へルニアの手術例は減少すると確信しています。楽しんで読んでいただけたら幸甚です。

“Thinkglobally,actlocally”を座標軸に、臨床と研究を両輪とする所存です。今後も佐賀大学整形外科の伝統である1日3回以上回診を続けて、患者さんの診察をさせていただくなかで見えてくることを大事にしていきたいと思います。アフターコロナで通常の診療ができる日を待ちわびながら、この状況の中で脊椎外科医として地道に臨床能力を磨き、研究を行い、雌伏しながら力を蓄えたいと思います。今後ともご協力よろしくおねがいします。


抗菌脊椎インプラント発売

森本 忠嗣

2016年4月より当科で開発された、世界初の抗菌 性人工股関節置換術(AG-PROTEX)が日本で発売 されました。(股関節だより第31号をご参照ください)。その後、この抗菌インプラントの骨への固着性と抗菌性を実証する知見が集められ、2018年には経産省の「ものづくり日本大賞・特別賞」を受賞し、多くの患者さんにとっての福音となっています。術後感染は脊椎外科領域においても、一旦発症すると、難治性になりやすく、長期間の治療を要し、重大な機能障害の原因ともなり、患者さんや医療従事者にとっても大変つらい合併症です。高齢化社会の到来とともに免疫力が低下し感染しやすい患者さんは増えていくことが予想され、可能であれば、脊椎インプラントも抗菌化が望ましいことはいうまでもありません。

そこで、馬渡教授にご高配いただき、この技術を応用した脊椎インプラントの開発に参画させていただきました。抗菌性人工股関節置換術(AG-PROTEX)同様に、佐賀大学微生物学教室と京セラメディカル(株)、大学院生との産学連携で、動物実験を行い、製品開発をすすめ、2020年4月より発売開始されました。日本発、世界初の抗菌性脊椎椎体間ケージ(Resitage)です。術後感染症の減少、良好な骨癒合、そして、安全性を証明するべく、当院を主導施設とした多施設研究を実施しており、真摯に評価し、治療成績を報告予定です。多くの患者さんの福音となることを期待しています。


ヘルニコア(椎間板内酵素)注入療法

助教 吉原 智仁

平田先生が脊椎だより9号で腰椎椎間板へルニアの診療ガイドラインを紹介しています。
その中で少しふれていた新しい腰椎椎間板へルニアの治療法の椎間板酵素注入療法(ヘルニコア)について実施症例も増えてきましたので、再度紹介したいと思います。腰椎椎間板ヘルニアは脊椎のクッションとなる椎間板の髄核がなにかのきっかけで飛び出し、神経を圧迫して痛みやしびれを引き起こす疾患です。

通常、腰椎椎間板ヘルニアに対し保存的治療としては安静、コルセット装着、投薬治療(内服治療、神経根ブロック・硬膜外ブロック治療)があり、手 術治療として椎間板摘出術が標準的な治療法です が、ヘルニコアはヘルニアを起こしている髄核に直 接注射を行い注入します。薬物療法や運動療法など 無効かつ障害程度の高い症例、すなわち、手術にな るような症例に対してヘルニコア治療を実施します。

【ヘルニコアの効果】

髄核には保水成分が豊富にあるため、ヘルニコア を髄核に注射することで、有効成分のコンドリアー ゼが髄核内の保水成分を分解し水分による膨らみを 和らげます。結果として神経への圧迫が改善し、痛 みや痺れなどの症状が軽減すると考えられています。

【ヘルニコアの副作用】

投薬によるまた一過性の腰痛や下肢痛がみられる ことがあります。また特に注意すべきものとして、 投与後から30分以内にアナフィラキシーの発現(か ゆみ、蕁麻疹などの皮膚症状、腹痛、吐き気などの 消化器症状、視野が狭くなるなどの視覚症状)の可 能性があります。アレルギー体質の方はヘルニコア の治療に注意が必要です。まれに自宅にもどられて からもアナフィラキシーがおこることもあるので、 ご家族にも注意していただき、ご自身の状態をよく 観察して、体調変化には十分注意してください。

【ヘルニコア注入療法】

-治療スケジュール-
1.1泊2日入院
2.局所麻酔の上、ヘルニコア注入(X線透視室)
3.注入後3時間はベッド上安静
4.翌朝、腰痛や下肢神経症状やアレルギー反応の
有無を確認して退院
5.仕事復帰は2日後、スポーツ復帰は2〜3週後が目安(*注射後1週間はあまり腰に負担をかけないようにしてください。 定期的に診察を受けてください。)
注射はレントゲン台に横になり穿刺部位を正確に 確認しながら注射を行います。治療(注射)時間と しては10分程度です。注射後はベッド上で安静にし ていただき、副作用などの問題がなければベッド離 床可としています。ヘルニコア注入療法を安全に行 うためにも1泊入院していただいています。

【当院でのヘルニコア注入療法例】

当院では3名の医師が認可を受け、2019年4月よ りヘルニコア治療を開始し、これまで20例近くのヘ ルニコア注入療法を行ってきましたが、現時点では アレルギー反応などの大きな副作用を起こした症例 はなく、経過も良好で安全に治療を行えています。 注射後早ければ数日〜1週程度で痛みやしびれが軽 減してきます。MRI画像でのヘルニアの形態変化は 数カ月程かかる場合が多いようです。

【25歳 女性】佐賀大学整形外科にてヘルニコア注入療法

ヘルニコア投与翌日より下肢痛消失。3ヵ月目のMRIではヘルニアの縮小を認めた。最後に、一度ヘルニコアの治療を受けられた方は再度、ヘルニコアの治療をうけることができませんので、ご注意ください。一生に一回の治療です。


近況報告

助教 前田 和政

皆さま、こんにちは。前回の脊椎だよりからもう 1年経ってしまったのかということに驚いていま す。時の経つのはあっという間です(毎年思います が)。本当かどうかわかりませんが、年を重ねていくことに1年の割合が少なくなることで早く感じるという話がありました。今年度初めは武漢肺炎ウイルスのため学会の指導もあり、不要不急の手術は延期することになりました。先延ばしとなった患者さんもおられ、大変申し訳ありませんでした。

しかし、脊椎骨折や麻痺の急患の患者さんの手術は行っていましたので、手術に関してはそれほど変わりなく行っていました。5月末となり、普段と変わらない状態になってきました。外来患者さんは減っている印象ですが、予約している患者さんはほとんど来て頂いているので、経過を診させて頂き感謝しています。Jリーグも休止されており、試合がないのは寂しい限りです。試合に勝っても負けても、ないよりはましですね(勝ったほうが良いのですが)。当たり前の日々に感謝しないといけないとつくづく思います。昨年と変わらず、当科の脊椎外来も月・水・金に行っていますので、何かあれば御相談下さい。皆様の御健康と御多幸をお祈り致します。


近況報告

助教 吉原 智仁

平成27年4月から佐賀大学の基礎分野の大学院 (生化学教室)へ進学し、5年が経過しました。4年で学位をとることができませんでしたが、2020年1月に学位論文『線維芽細胞の細胞周期におけるぺリオスチンの重要性』がRespiratoryResearchに受理され、3月に佐賀大学の学位審査を受け、無事に博士号を取得することができました。私が研究を行っていた『ぺリオスチン』はアレルギー疾患や癌の転移、肺線維症などに大きく関与しているタンパク質なのですが、整形外科分野では骨に強い関連性があります。現在、脊椎班では骨粗鬆症とぺリオスチンについての臨床・基礎研究を行っています。これまで基礎の大学院で学んだ知識と実験スキルを今後整形外科でも活用し、役立てていきたいと思っています。

臨床分野では2019年1月から佐賀大学附属病院整形外科へ復帰し、脊椎外科医の一員として日々奮闘しております。大学病院や市中病院の外来の際に患者さんを長い時間お待たせすることが多いのですが、嫌な顔をされず『今日も多いですね〜』など優しいお言葉をかけていただくことがあり、感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいです。今後も、地元佐賀の脊椎・脊髄医療のため今後も頑張っていきますので宜しくお願い致します。毎年恒例のプライベート報告ですが、カブトムシとクワガタのブリードは引き続き継続しております。以前に祭りで出店をしていた全盛期の頃に比べて1/10の規模にはなりましたが、細々と続けています。また最近は自宅の芝(姫高麗)の更新作業に追われています。サッチングやエアレーション、肥料散布、芝刈りといろいろ大変ですが、芝も手間をかければかける ほど成長でしっかり応えてくれるところがあり、昆 虫ブリードと通ずるところがあります。汗ばむ季節になってきました。皆様のご健康の程、心よりお祈り申し上げます。


近況報告

大学院 戸田 雄

皆様ご無沙汰しております。コロナ禍で大変な状況が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。私は大学院が最終の年となり、最後の仕上げの年となりました。大学院では肉腫における免疫療法の可能性の研究をし、この4年間は顕微鏡とパソコンに向かう時間が長くなり、自慢であった視力の良さが失われてきている次第でございます。また、臨床研究では転移性脊椎腫瘍について行っています。がん治療の進歩で骨転移を有する患者さんも多いかと思います。そういった患者さんのADLやQOLを損なわないよう、臨床の視点を持って研究をしていきます。来年度から臨床に戻る予定です。ますます精進していきますのでどうぞよろしくお願いいたします。


近況報告

大学院 平田 寛人

皆様こんにちは。今年も脊椎だよりをお届けする 季節がやってまいりました。この一年、皆様はどの ような一年だったでしょうか。まず、はじめに昨今のコロナ禍で健康を害された方、自粛に伴い被害を被っていらっしゃる方が速やかに普段の生活に戻れますよう心よりお祈り申し上げます。私の近況ですが、引き続き整形外科医として外来診療・手術助手をして働きながらも、大学院生としての研究に没頭しています。大学院生も最終年度の4年目に差し掛かり、土日返上で研究室にこもっています。仕事面を大幅に免除してくださり融通を利かせてくださる医局員の皆様、子育てもろくに行わず好きなときに好きな時間まで実験に行かせてくれる家族(保育園の行事にはほとんど行ったことがありません。娘、ごめん!!)に感謝が尽きません。

さて本題です、骨は『骨をつくる骨芽細胞』と『骨を溶かす破骨細胞』の絶妙なバランスで保たれ ています。常に両方の細胞が同じように働くことで 新しくて丈夫な骨が維持されますが、このバランスが崩れ、破骨細胞が優位になると骨粗鬆症になることを一昨年の脊椎だよりでお伝えしました。ではどうやって、この骨芽細胞や破骨細胞といった起源が異なる細胞同士で連携をとっているのでしょうか(カップリングといいます)。いろいろな因子が報告されていますが、興味深いことに最近のヒト破骨細胞の遺伝子の網羅的解析の報告で糖尿病に抑制的に働くインクレチンを分解してしまうDPP-4という酵素が関与しているようです(WeivodaMMらNatCommunications.2020)。そのほかにも、生活習慣病と骨粗鬆症との関連を報告したものは多く存在しており、骨粗鬆症が全身疾患であることはどんどん科学的に証明されています。薬が必要なときには適切な投薬をうけることは間違いなく重要です、それに加えて普段の生活に運動を取り入れてみてはいかがでしょうか。佐賀の地から世界に新たな知見を先駆けて発信することができるよう引き続き研究を進めていきます。末筆ではございますが、皆様のこれからの一年が輝かしいものになりますよう祈念いたします。ではまた来年!!


近況報告

佐賀記念病院 整形外科 塚本 正紹

脊椎便りをご覧の皆さま、こんにちは。佐賀記念病院の塚本正紹です。佐賀記念病院での勤務も4年目となりました。当院脊椎班は會田副院長と私の二人で診療にあたっております。引き続きよろしくお願いいたします。さて例年のこの近況報告、昨年は釣りのお話を書かせて頂きましたが、今年はコロナ禍の中、緊急事態宣言も発令され、どこにも行かずstayhomeの日々、職場と自宅の往復のみの日々を過ごしています。「コロナウイルスで病院は忙しいでしょう?」とお声をかけて頂くことがありますが、整形外科医がCOVID-19や感染した患者さんに対して何かできることはあまりなく、むしろ感染拡大を防ぐために神経麻痺進行例や外傷例以外の脊椎手術は延期するように言われておりますので、当院でも手術は減りました。また不要不急の外出を避けるように叫ばれている今、外来の患者さんも減っています。

整形外科疾患はすぐに命に係わることも少ないため、感染拡大予防に病院受診を控えて頂いている方が多いと思いますが、痛みやしびれといった症状は生活の質に大きく関わる症状です。患者さんの痛みやしびれを改善し、ADLやQOLを向上させて、健やかに生活して頂くことが整形外科・脊椎外科医の役割と思います。我々がワクチンや治療薬開発に直接関わってCOVID-19を撲滅させることはできませんが、感染拡大が早く収束し、当たり前の診療ができるようになって、患者さんが健やかに生活できることが、患者さんの免疫力を高めることにもつながり、それが我々にできるCOVID-19への対抗策かもしれないなと最近強く感じます。一日でも早く当たり前の日常がもどることを祈りつつ、今日この瞬間もCOVID-19の診療にあたっている同業の方々、社会・経済を停滞させないように頑張っていらっしゃる方々に改めて感謝申し上げます。最後になりましたが、脊椎便りをお読みになっている皆さまが本年も健康に過ごされますように心からお祈り申し上げます。


近況報告

福岡記念病院 隈元 真志

脊椎だよりをご覧の皆様、ご息災にしていらっしゃいますか。福岡市早良区の医療法人大成会福岡記念病院で脊髄脊椎診療を担当させていただいております、隈元真志(くまもとしんじ)です。報道でもご存知のとおり、当院は福岡市での3件目の新型コロナウィルス感染症のクラスター発生施設となってしまいました。そのため、保健所の指示により院内での新規感染が収束するまで病院としての業務停止を余儀なくされることとなりました。業務停止中は、待機の間の疼痛に耐えられず、手術対応ができる病院へ紹介状を作成した方もおられました。地域の皆様にはご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。同時に、目に見えない感染症と戦う恐怖を覚えました。当院のHPに公開されておりますが、患者総数は外部施設からの受け入れを含めると49名となりました。医業停止中は、診療再開にむけてどのように新型コロナウィルスと戦っていくのかを課題に、医局で連日会議を繰り返して、これまでの院内の体制を見直し、徹底的に環境を整備いたしました。具体的には、内科系医師・外科系医師・救急科医師が連携して、救急から検査、入院、治療、退院に至るまでの具体的な導線や関わり方など、区域化しました。国立感染症研究所や大学の感染症制御部の医師の視察・指導を受け、60を超える項目をチェックし、ようやく5月18日に診療再開となりました。

残る医師も、たとえ最前線で戦う科ではなくとも、COVID自宅待機患者のフォローや、COVIDチームの一員となり入院患者の対応、PCR検査の対応をおこない、発熱外来の設置などを行っておりました。全科ではありませんが、患者さんに柔軟に対応すべく、9時-17時での勤務時間帯から20時まで分散での勤務対応を行っております。以上のとおり、当院は業務停止の間環境整備を行い、新型コロナウィルスと戦うべく万全の体制づくりを行いました。当院のもっとも重要な理念である
「断らない医療」を提供し、地域の皆様に安心と信頼を届けられるよう、引き続き全員で頑張っていく所存です。ご迷惑をおかけしましたことを謝罪するとともに、一日も早い終息を願います。拙筆にて大変恐縮でございますが、近況報告とさせていただきます。脊椎だよりをお読みになっている皆さまが健康に 過ごされますよう祈念申し上げます。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


忘れられない患者さん7

森本 忠嗣

股関節疾患(Hip)と腰椎疾患(Spine)は、加齢とともに増加し、しばしば併発し、両者とも腰下肢痛、歩行障害を呈するため、誤診・誤治療は稀ではありません。そのような病態はHip-spinesyndrome(Hip(股関節)とSpine(脊椎・背骨)の不具合により起こるSyndrome(症候群=臨床症状の総称))と呼ばれ、古くより注意喚起されています。今回、私が経験したHip-spinesyndromeの患者さんと、その後の私の取り組みについて記載します。72歳女性のAさんは、数年前より、腰痛と下肢痛で悩まれ、家の近くの整形外科を受診されました。SLRテストも陽性であり(いわゆる坐骨神経痛誘発テスト。上向きに寝て、膝を伸ばして下肢をあげていくと下肢痛が誘発されれば陽性)、腰椎X線では第4腰椎が前方にずれていました。そのため、腰椎すべり症と診断され、疼痛部位である殿部のブロック注射や腰椎牽引などで対処されていました。痛みがなかなか改善しないことから、他院や整骨院などを複数受診されましたが、同様に腰部疾患と診断され、様々な治療が行われましたが、痛みはむしろ徐々に悪化していきました。知人の勧めもあり当院の佛淵先生の外来を受診され、変形性股関節症と診断され、人工股関節置換術により痛みが消失しました。

入院中の主治医(医師4年目)である私に、「もっと早く楽になりたかった。私のような患者さんを減らして欲しい。」と泣きながらポツリポツリと訴えられました。このことを佛淵先生に報告すると、このような病態をHip-spinesyndromeと呼ぶことを教えていただき、研究テーマにするようにご指示をうけました。以後、約15年にわたり、誤診例の頻度は?、なぜ誤診されるのか?、X線の特徴は?などについて調査してきました。明らかになったことは以下の通りでした:

1)変形性股関節症例の前医の誤診・診断遅延率は5%、2)誤診・診断遅延病名の98%は腰椎疾患、3)患者自記式の問診票で31%の患者さんは腰痛や足が痛いなどの股関節病変以外を想起させる記載をされる、4)変形性股関節症患者の腰痛頻度は60%であるが、患者が訴える腰痛部位の36%は腸骨稜より下方の殿部(単純に股関節が悪いという患者さんが含まれる可能性)、5)変形性股関節症に対するSLRテストの検討では、SLR角70度未満26%、殿部痛誘発率9%、)腰椎すべり症の合併率は31%など。

一連の発表の結果、最近は、色々なところで、Hip-spinesyndromeについて講演で呼んでいただいています。講演中に必ずHip-spinesyndromeについて研究をはじめるきっかけとなった忘れられない患者さんAさんについて紹介させていただいています。誤診・誤治療が一人でも減ることを期待して、今後も調査、発信をつづけていきます(Aさんや佛淵先生との約束ですので)。


編集後記

コロナの影響で、通常の診療ができることの有りがたさが再認識できました。
一方で、stay homeを守り、家族と過ごす時間が増えたので、庭仕事を家族と楽しむことができました。 研修医のころに、先輩医師から「整形外科医は患者の病気の原因に迫るため、そして、手術を行ったら治 療成績をよくするために、患者の生活を理解する必要がある。そのためには、教養を身に付けること、色々 なことを経験することが大切」と指導をうけました。庭仕事のあとに、首・肩・肘・腰・膝が痛くなり、 患者の生活を理解するのに役立ったと確信しています。“先生、脊椎だより見たよ、今後も続けてね”の患者さんたちの労いのお言葉が奮起の原動力です。い つも声かけしてくれる皆様ありがとうございます。外来で園芸についてもお話しできたら幸いです。佐賀大学の脊椎脊髄専門外来は、月・水・金の午前中に診療を行っています。不明な点、診察日の変更の希望、住所変更があった時は、下記まで、ご連絡お願いします。最後に、他県の患者様のために、情報を付記させていただきます。日本脊椎脊髄病学会のホームページに脊椎脊髄の病気と症状のわかりやすい説明、そして各県別の日本脊椎脊髄病学会の指導医のリストがありますのでご参照ください。
脊椎脊髄疾患(症状と病気)http://www.jssr.gr.jp/medical/sick/
指導医のリスト http://www.jssr.gr.jp/general/advisor/