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2021.07.16

脊椎便り 第11号

  • ご挨拶(佐賀大学医学部整形外科 講師 森本 忠嗣)
  • 近況報告(佐賀記念病院 前田 和政)
  • 近況報告(国立がん研究センター中央病院 戸田 雄)
  • 近況報告(福岡記念病院 隈元 真志)
  • 近況報告(助教 塚本 正紹)
  • 近況報告(助教 吉原 智仁)
  • 腰椎変性すべり症(助教 塚本 正紹)

内容

ご挨拶

佐賀大学医学部整形外科 教授 馬渡 正明

2021年4月佐賀大学脊椎班のスタッフに異動がありました。前田先生が佐賀大学→佐賀記念病院、塚本先生が佐賀記念病院→佐賀大学、平田先生は米国留学、戸田先生は整形外科領域の腫瘍を学ぶためにがんセンター(東京)、と其々が新天地に向かいました。前田先生の5年にわたる貢献には本当に感謝していますし新天地での飛躍を祈念いたします。また、塚本先生は抗菌研究のプロでもあり、臨床と研究の両面での活躍を期待しています。平田先生、戸田先生もパワーアップして帰ってきて、佐賀に貢献してくれると信じています。吉原先生は佐賀大学に残り八面六臂の大活躍中です。

2019年に平成から令和へと時代は移り、希望に溢れた時代を期待していました。しかし、2020年は新型コロナウイルス(COVID19)に翻弄された大変な一年でした。この状況は数年間、続くかもしれないので、Withコロナを念頭にいれた、さまざまな活動に取り組む必要があるかもしれません。

昨年の脊椎だよりでは、①コロナ禍で通常どおりの診療・研究・教育すらできない状況となり通常の医療ができることのありがたさを再認識、②3密回避のために研修医や医学生の教育の機会が損なわれているので対策が必要、③整形外科医として健康寿命の延伸に寄与する研究をする、と記載しました。①については常識と思われていたことが続々と覆され、様々な理不尽やストレスに皆様も苦しまれていることかと思います。一方で、ZOOMやTEAMSといったwebを通じた診療や学会が盛んになり、今後も発展していくことが予想されますので、楽しみでもあります。②については、私(森本)と上野先生が中心となり、xR(仮想現実/拡張現実/複合現実)を利用した新たな医学教育の取り組みを開始し、今後、学会でその成果を発表していく予定です(この取り組みは後日、紹介させていただきます)。また、xRは教育のみならず、手術支援ツールとしても役立ちます。脊椎班の手術数は相変わらず右肩あがりで昨年度は初めて年間300 例を超え、オーバーワーク気味でした。そのため、安全性を高める手術手技の工夫は最重要課題ですので、アンテナを高くして情報収集につとめ、手術成績向上に努める所存です。③健康寿命の延伸に寄与する研究をするためには、運動器の老化(骨の老化osteopenia、筋肉の老化sarcopenia、神経の老化dynapenia)の理解が必要不可欠です。脊椎疾患や一般住民疫学に関する研究から、運動器の老化の知見を集積することを今年のテーマとしています。

コロナ禍のおかげ(?)で、診療、研究、教育の大学の使命の3本柱の実践に、新たな視点からの取り組みを加えることができ、コロナ禍のもたらした財産と前向きに捉えて歩みをすすめてまいります。 第11号脊椎だよりでは、例年通り、脊椎班のスタッフの近況報告、そして、脊椎手術の安全性を高めるために購入した当科の手術応援機器、森本・塚本・吉原で腰椎すべり症について記載します。当科で開発した抗菌インプラントを利用する機会が最も多い疾患は腰椎すべり症です。楽しんで読んでいただけたら幸甚です。

最後に、202 1年のもう一つの気になる話題のミャンマーの軍事クーデターについて少し記載します。クーデターの翌日よりミャンマー人医師達は仕事をボイコットすることで軍政権への不服従運動を開始し、多くの国公立病院が閉鎖されました。医療従事者から始まった不服従運動は鉄道、教育、金融機関などにも広がり、民衆もデモを連日各地で行いました。鎮まらない不服従運動に業を煮やした軍政府は、運動を扇動した医療従事者を投獄したようです(親しいミャンマー人医師達も投獄や潜伏など)。彼らの命懸けの行動とその胸中を思うと胸が痛むと同時に、日本でぬくぬくと仕事をしている己に喝がはいります。また、あろうことかデモを行った民間人が国軍に射殺されたというニュースまで。軍人の使命は国民の生命、財産を守ることだろ!と悲しくなります。「この命、義に捧ぐ」(門田隆将)という本に興味深い話があります。元日本陸軍支那方面軍司令官の根本中将は、8月15日終戦の日の武装解除の詔勅に反して、ソ連との激戦を継続し内蒙古の在留邦人4万人を日本に帰還させたことが書かれています。詔勅に反すればどうなるかわかった上で。一方で、満州の関東軍は詔勅に従い武装解除したため多くの在留邦人や軍人が大変な被害にあわれたことはご存知の通りかと思います。“使命”の理解の重要性を示す話でした。

コロナ禍での臨床・研究・教育への悪影響やミャンマーでの出来事は、“使命”について再三、考えるきっかけとなりました。医者は社会の公器ですので、その使命をたえず自問し、尽力しつづけます。


近況報告

佐賀記念病院 前田 和政

皆さま、こんにちは。前回の脊椎だよりからもう1年経ってしまったのかということに驚いています。時の経つのはあっという間です(毎年思いますが)。前回何を書いたのか覚えていなかったので、ホームページを見てみると昨年分は更新されていませんでした(笑)。

今年度から5年間勤務した佐賀大学病院から佐賀記念病院へ異動になりました。まだ1か月で戸惑ってばかりですが、手術もぼちぼち行うようになりました。武漢肺炎ウイルスのため、色々なことが制限されており、早く日常が取り戻せるようになれば良いと思いますが、まだまだ先になりそうです…。

サガン鳥栖は非常に好調で現在3位(令和3年5月現在)で、アジアチャンピオンズリーグを狙える位置につけています。このようなことは初めてなので、応援にもさらに熱が入っています。スタジアムの集客人数は残念ながら制限されていますが、隣の席が空いており座りやすくて大変心地よいです。皆さまも良ければ駅前不動産スタジアムに足を運んでみては如何でしょうか。

佐賀記念病院で脊椎外来を火・木午前に行っていますので、何かあれば御相談下さい。皆様の御健康と御多幸をお祈り致します。


近況報告

国立がん研究センター中央病院 戸田 雄

脊椎だよりをご覧の皆様、こんにちは。早いもので、医師9年目になりました戸田雄です。去る3月に大学院を卒業し、博士になることができました。大学院4年間は顕微鏡を見る生活で、少し視力が悪くなった気がしますが、知識をたくさんつけることができました。さらなる勉強として4月より整形外科における腫瘍(骨軟部腫瘍といいます)を学びに東京にある国立がん研究センター中央病院に勉強にきています。私が学んでいる病院は東京の築地にある国立がん研究センターですが、全国から骨軟部腫瘍の患者さんが来られます。整形外科には馴染みのあまりない抗がん剤の治療や放射線治療の患者さんを担当することもあります。様々な患者さんを担当することで、治療方針だけでなく治療後の生活、がんとの付き合いかたなど学ぶことはたくさんあります。予想的観測では将来的に2人に1人ががんに罹患すると言われています。一般的にがんはどうしても怖いというイメージがあり、誰もがなりたくない病気と思います。しかし、2人に1人ががんになる以上、身近に捉える必要があるのでないかという考え方もあります。実際、抗がん剤・その他治療法の向上によりがん患者さんの生存率は向上しています。そういった今後の日本では、がんを持った患者さんが日常生活を難なくできるようには、やはり整形外科的な視点・介入が必要になってきます。現在、ロコモティブシンドロームという考え方が普及しつつあります。これをがん患者さんに応用した考え方をがんロコモといいます。骨軟部腫瘍の治療法だけではなく、その考え方・治療法を最先端である東京で学んで佐賀に持ち帰って、皆様に還元したいと存じます。東京にはいろいろな状況を鑑みて単身赴任で出向しています。食生活の変化や運動不足により、医者の不養生にならないよう気を付けないといけません。最近ではお家でできる筋トレ道具を購入いたしました。佐賀に帰る頃には筋骨隆々になっているよう精進せねばと考えています。最後になりますが、コロナ禍で皆様、大変かと思いますがお体に気を付けてお過ごしください。


近況報告

福岡記念病院 隈元 真志

脊椎便りをご覧の皆さま、ご息災にしていらっしゃいますか。

福岡市早良区の医療法人大成会福岡記念病院で脊椎脊髄診療を担当させていただいております、隈元真志(くまもとしんじ)です。

新型コロナウィルス感染症は滞ることなく、まん延の様相を呈しており、医療を含め生活のあらゆる場面で相当のストレスを引き起こしております。当院は昨年に院内クラスター発生を経験し、外来、入院、救急、手術などあらゆる診療部門を閉鎖せざるを得ない状況となりました。診療業務が停止している間は徹底して院内の環境を整備し、新型コロナウィルスと戦うべく万全の体制づくりを行いました。当時は医療従事者に対する心無い誹謗中傷や、夫や妻、あるいは子供たちへの差別などのつらい社会問題も現実として生じました。診療再開後は、当院のもっとも重要な理念である「断らない救急医療」を絶えず継続し提供しております。日々の救急診療は緊張の連続で、多くのスタッフが疲弊していることもまた事実です。「断らない救急医療」を実践し、その中で新型コロナウィルス感染症患者の受け入れもおこないつつ、クラスターの再発生なく診療を続けられていることは、スタッフの皆様の本当に素晴らしい頑張りによるものであり、当院の一員として誇りに思います。

一方で脊椎診療としては、当院で初の脊椎診療専従医として従事し5年が経ちました。現在は週に5コマの外来診療と週1日の手術日で脊椎診療を行っております。本家秀文部長をはじめ、樋口健吾先生にいつも助けていただき、この場をお借りして甚だ感謝申し上げる次第です。

クラスター収束後診療再開にあたり、周辺の整形外科医院様との医療連携をさらに強化することで、お陰様でご紹介をいただく数が増えてまいりました。そして2021年7月1日より日本脊髄外科学会から脊椎脊髄外科専門医訓練施設に認定される運びとなりました。これまでの診療がひとつの成果として認められ、万感の思いがあります。

基幹研修施設となるためには

  • 脊椎脊髄外科手術が3年間連続として、100例/年以上あること。
  • 教育研修指導医である日本脊椎脊髄病指導医あるいは日本脊髄外科学会指導医が常勤していること。
  • 日本整形外科学会あるいは日本脳神経外科学会認定研修施設であること。
  • 施設に所属する医師が筆頭演者として日本脊椎脊髄病学会あるいは日本脊髄外科学会の学術集会に3年間で1回以上の発表あるいは講演をしていること。
  • 頚椎・腰椎の変性疾患の割合が原則として年間の手術件数の50%以上である。頚椎前方、頚椎後方、腰椎後方(腰部脊柱管狭窄症、腰椎椎間板ヘルニア)の手術がバランス良く実施されていること。

などの厳しい基準を満たさなければなりません。また、指導医のもとで常に患者の治療責任を持てる環境にある病院および十分な脊椎脊髄手術の訓練ができる研修制度、環境を備えた病院であることが付帯条件として定められています。今後は脊椎脊髄外科訓練施設として脊椎脊髄外科医を目指す若手医師育成という新たな責務もしっかり果たしつつ、社会に貢献できるよう頑張っていく所存です。

拙筆にて大変恐縮でございますが、近況報告とさせていただきます。 脊椎便りをお読みになっている皆さまが健康に過ごされますよう祈念申し上げます。 今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


近況報告

助教 塚本 正紹

脊椎便りをご覧の皆さま、こんにちは。私の近況をご報告させていただきます。

本年度より佐賀記念病院から5年ぶりに佐賀大学医学部整形外科へ異動となりました。佐賀記念病院では4年間勤務させていただきました。この場を借りて、お世話になった皆様にお礼を申し上げます。ありがとうございました。5年ぶりの大学生活は浦島太郎状態で、右往左往しながら日々何とかやっております。

GWにこの原稿を書いておりますが、昨年の今頃は全国的な緊急事態宣言の中、どこにも行かずstayhomeの日々でした。1年後はきっと日常が戻っているはずと思っていましたが、残念ながらそうはいかず、1年前とほぼ変わらない(むしろ悪化している?)状況にもどかしさを感じます。私たち整形外科医がCOVID-19に対してできることはあまりありませんが、患者さんの痛みやしびれを改善し、生活の質を改善させることが、患者さんの免疫力を高めることにもつながり、それが我々にできるCOVID-19への対抗策であると信じて、日々の診療を頑張りたいと思います。

さて先日、自宅の隣のお宅で、庭の植木の剪定をされている業者さんがいらっしゃいました。脚立を使いながら、電動ノコやハサミで見事に枝葉を落としてありました。上手だねぇと子供達と感心しながら見ていましたら、枝の一部が私の家の庭に落ちてきました。「すみません、片づけます。」とその方がこちらに来られたのですが、どこかで聞いた声だなぁと。何と佐賀記念病院で私が手術をさせて頂いた患者さんでした。「(白衣を)着とらんけん、わからんやったよ。」と少し雑談の後、「また定期検診に来て下さいね。」と別れましたが、患者さんの本当の日常を見れて、とてもうれしい気持ちになりました。診察室で聞く日常生活のこととは違った生の生活を見て、初めて手術がうまくいったと思えた瞬間でした。ある港町で勤務されている有名な脊椎外科の先生は、コラムで「朝市が好きだ」と書いてありました。朝市では診察室では見られない生の患者さんの顔が見れる、調子がいい人もそうでない人も。診察室では遠慮して調子がいいとおっしゃる患者さんも、実はそうではないことが少なくなく、患者さんと同じ目線、生活を通してはじめて手術の良否がわかると思います。

患者さんの痛みやしびれを改善し、ADLやQOLを向上させて、健やかに生活していただけるように、より安心、安全な医療が患者さんに届けられるように日々頑張っていきたいと思います。

最後になりましたが、脊椎便りをお読みになっている皆さまが本年も元気に笑顔で過ごされますように心からお祈り申し上げます。


近況報告

助教 吉原 智仁

2019年3月に大学院を卒業し、臨床に復帰して早くも2年が経過しました。私は本年度も佐賀大学整形外科で診療を継続させていただくことになりました。昨年度は腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、頚髄症、外傷性脊椎骨折・脊髄損傷、脊髄腫瘍、転移性脊椎腫瘍など多種多様な脊椎・脊髄疾患の治療に携わらせていただき脊椎脊髄外科専門医としてまた一歩前進できた一年でした。脊椎疾患の中には手術を行っても症状が完全にはとれないものや、手術により症状が悪化する危険性が高いものもありますが、安全にかつ症状をできる限り改善させることを目標に日々奮闘しております。脊椎班では週一回、症例検討会を行っており、稀な症例や診断が困難な症例、治療経過が芳しくない症例などそれぞれが経験した症例を取り上げ、知識と経験を共有し合い、今後の患者さんの診療に役立つようにしています。本年度も、脊椎・脊髄病をお持ちの患者さんのために頑張っていきますので宜しくお願い致します。今年4月で40歳になった自分ですが、20歳代の頃のフットワークの軽さを目指して頑張ろうと思います。

毎年恒例のプライベート報告ですが、最近はこれまでの姫高麗芝の管理に加え、藤の花(九尺藤、本紅藤)と桜(不動明王桜)を新たに植樹しました。季節ごとの剪定や肥料の与え方など学ぶべきことが多いですが、やはり植物や土と触れ合っていると心が癒され、日頃のストレスが解消されます。最近、森本先生と脊椎班園芸部(仮)を立ち上げ?ました。本年度より大学に戻られた塚本先生にも入部していただくことになっております。カブトムシブリードも細々と続けており、現在ヘラクレスオオカブトのみ幼虫・成虫を含めて50頭程飼育しております。

汗ばむ季節になってきました。
皆様のご健康の程、心よりお祈り申し上げます。


腰椎変性すべり症

助教 塚本 正紹

腰椎変性すべり症については、脊椎だより第7号で前田先生が解説していますが、当科で開発した抗菌ケージを最も使用する疾患でもありますので、今号でも補足説明させていただきます。

●どのような病気?
加齢とともに椎間板が傷むことによって、腰椎に不安定性が生じ、腰椎が前にずれ腰痛の原因となることがあります。さらに、腰椎にずれが生じた部位では神経の通り道が狭くなり、神経が圧迫され、あしの痛みやしびれ、さらには排尿障害や便秘などを訴えることがあります。

●どのような手術をする?
腰を後ろから切開して神経を圧迫している骨や靭帯や椎間板などを切除します。腰椎の不安定性が強い場合には、手術で切除した骨を砕いてケージと一緒に椎間板内に挿入します。ついで腰椎にネジをいれてネジ同士を金属の棒(ロッド)でつなげて腰椎を安定化させます。 椎間板部は非常に深いために感染をした場合の手術は難儀なことが多いために、多くの脊椎外科医は感染を避けたいと強く願っています。そのため、当科では抗菌(感染しにくい)ケージを開発しました。(第10号脊椎だよりを参照してください)

●手術をしなかったら?
腰痛・下肢痛が遺残、下肢麻痺、膀胱障害などが生じることがあります。さらに、悪化がすすめば、手術を行っても治りにくくなることもあります。

●合併症は?

  • 手術部位の感染:感染を予防するために術中・術後に抗生物質の投与を行います。手術で入れた金属(スクリューやケージなど)に菌がついて感染が治まらない場合、金属を取り出して感染した部分を洗う手術を行い、感染が治まった後に再度固定する手術が必要となることもあります。我々が開発した抗菌ケージは感染しにくい(菌がつきにくい)という特徴を持っていますので、感染で難渋する患者さんを減らせるのではないかと期待しています。
  • 神経損傷:手術時に神経を損傷する可能性がありますので、十分注意して慎重に手術を行っています。
  • 術後硬膜外血腫:術後の出血によって手術部位に血液がたまり、神経が圧迫されると下肢の痛みやしびれが出現、重症になると下肢の麻痺や排尿・排便障害をきたします。神経の症状が出現した際は緊急でたまった血液を取り除く手術が必要となることがあります。予防のために、手術部位にチューブ(ドレーン)を留置して、術後も血液を持続的に排出します。/li>
  • 深部静脈血栓症および血栓塞栓症(肺塞栓、脳梗塞など):術中や術直後などに足を動かさないでいると、足の血管に血の塊(血栓)ができ、術後に足のはれや痛みが出る可能性があります(深部静脈血栓症)。血栓が血管中を移動して肺の血管に詰まると、呼吸状態が悪くなり命の危険が生じます(肺塞栓症)。脳の血管に詰まると脳梗塞を生じます。このためフットポンプ(下肢を空気の圧力で周期的に圧迫マッサージする機械)を装着したり、弾性ストッキングを履いたりして血栓ができるのを予防します。

●将来手術が必要になることがある?
手術で挿入した人工物がもとの位置から移動したり、ぐらついたり、破損したりして、痛みや神経の症状を生じた場合には、再度固定したりする手術が必要になることがあります。また通常は手術した椎体同士が骨でしっかりとつながります(骨癒合)が、腰椎変性すべり症助教 塚本 正紹7骨が十分にできなかったりもろかったりして、骨癒合が得られない場合にも追加の手術が必要となることがあります。
また固定した部分の隣(頭側や尾側)の椎間板に負荷がかかり、椎間板が傷んだり、椎体のぐらつきが生じたり、脊柱管の狭窄が生じたりする可能性があります(隣接椎間障害)。場合によっては、神経の圧迫を取る除圧術や脊椎を固定する固定術などの手術が必要となる可能性があります。

●手術後の安静期間(コルセット装着期間や入院期間)やリハビリは?
(手術後の安静や入院期間について)
術後はうつぶせ?とよく聞かれますが、術後は仰向けや横向きになります。手術翌日より少しずつリハビリを行います。コルセットを装着して起き上がり、体の状態や痛みの程度を確認し、問題なければ、起立や歩行訓練を開始します。歩行や動きに問題がなく、検査で問題なければ自宅退院が可能です(術後2~3週間の方が多いようです)。2~3週間での自宅退院が難しそうな方には転院をお願いしています(転院は患者さんのご希望を伺いながら、こちらで調整します)。
(コルセットの装着期間について)
単純X線やCT検査で骨の状態(椎体同士の癒合)を確認して、コルセットを外す時期を決定します。通常は3~6ヵ月間です。
(仕事の復帰時期について)
通常は術後1か月で、コルセット下での軽作業(椅子に座った短時間のデスクワークなど)は可能となります。重労働は骨癒合するまでは控えてください。仕事内容に応じてですが、X線などで骨の状態を確認しながら徐々に許可していきます。


脊椎手術の安全性を高めるための手術応援機器

講師 森本 忠嗣

2011年より佐賀大学で勤務し、脊椎手術の再開に尽力してまいりました。年間手術数は2011年は100例程度でしたが、手術数は毎年増加しており、2017年には200 例、2020年には300 例を超えました。大学病院の特徴を活かし、他科との連携を密にし、様々な合併症のある患者さんでも安全に手術が行えるように心がけていきます。また、(とくに、難手術例に対して)より正確に安全に、精度の高い脊椎手術を実現するためには、最新の医療機器の装備は必須です。脊椎手術の症例数が増えるにしたがい、少しずつ手術応援機器を購入していただきました。

この稿では当科で利用している脊椎手術の安全性を高めるための手術応援機器について記載します。

1)手術用顕微鏡・内視鏡・ルーペなど
5-10倍以上に拡大した手術視野を立体的にみることができ、非常に細かい手術を行うときには必須の機器です。

大学勤務の当初は、整形外科の手術用顕微鏡がないため、個人で購入したルーペを使用していました。ルーペでは術野が深い部位は暗く見えにくいために、他科の顕微鏡を借りて手術をしていましたが、他科の急患手術が入り、顕微鏡は他科のもちものであることから、使用中の顕微鏡を持っていかれるという、“嘘でしょー”と思う出来事がありました。幸いヘッドライトをつけてルーペでみながら手術をすることで対応できましたが。すぐに、手術用顕微鏡の購入申請をして購入していただきました。 また、若年者の腰椎椎間板ヘルニアでは内視鏡手術を望む声が多く、購入し、必要に応じて使用しています。

2)脊髄機能モニタリングシステム
脊椎にスクリューを挿入する手術や脊椎脊髄の腫瘍を摘出する手術では術後に麻痺がでてしまうことがあります。脊椎脊髄手術では全身麻酔で行うために術中に神経障害(まひ)がでているかわかりません。術中に神経症状の変化を確認する装置が開発され、それが脊髄機能モニタリングシステムです。すべての手術に必要なわけではなく、また、手術部位や術式や術前の麻痺の程度により無効なこともあります。限界はありますが、その有効性は示されています。この器械も他科の借り物でしたので、顕微鏡同様に当科のものが必須と判断し、購入し、麻痺の危険性の高い手術では使用しています。

3)移動式3DCT+ナビゲーションシステム 移動式3DCT(Cios)は手術中に撮影した精度の高いCT撮影が可能で、ナビゲーションシステムと連動することで、高精度のスクリュー挿入が可能となります。2021年より運用しています。高い精度を実感したとき、感動のあまり、“Cios様、ナビ様”と尊敬の意をこめて呼ぶこともありましたが、ときに使用不可能な場合もあり、過信盲信せずに、使用しています。

4)術前シミュレーション:骨格モデルから仮想現実
変形の強い症例などではCT画像から3Dプリンターを用いて骨格モデルを作成しています。より立体的な手術解剖が理解でき、術前シミュレーションに有用です。さらに、xRの進歩により、仮想現実の中で骨格モデルをより立体的に確認できるようになりました。今後は、手術中に3DCT画像を術野上で提示したり、術前の手術を仮想空間で行うことができるようにしていく所存です。

これらの手術支援機器により、今まで困難であった手術がより安全安心にできるようになりました。また、易しい手術も、よりスマートにできるようになりました。今後も、大学病院として最先端の機器の情報を絶えず集め、利用できるものは利用していきたいと思います。一方で便利な器械を使っていると手術が下手になるということもよく聞く話です。ミャンマー医療支援の手術中に、日本で利用できるような便利な器械はなく、冷や汗をかきながら手術をしたことがあり、特に痛感しています。 便利な器械が使えないことを想定した修練が必要ですが、やはり患者さんのためには便利な器械は使用すべきと考えます。そんなことを言っていると便利な器械は手放すことはできない体になりました。よく言われる命題ですが、道具に使われるのでなく上手に使いこなすために絶えず修練ですね、自戒を込めて。